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飯田旅行記 『ANA 旅の王様 仙台旅行記』

『ANA 旅の王様 仙台旅行記』 2007/10/17~19


10月17日(水)

午前中から通院などの所用を済ませて、17時30分自分の車で六甲の自宅を出た。神戸空港=仙台空港便は夕方の1日1往復だけなのでゆっくりしたスタートだ。フライト時刻が19時40分、かなり時間に余裕があるが、実はこれは今日のサプライズのためなのだ。

18時に車を駐車して、あらかじめ調べていたANAフェスタ(全日空の売店)に電話した。「例の商品を取り置きしといてください。」と言うと「丁度、2個ございます。」との返事で、これで一安心。

ANAカウンターでチケットを受け取ろうとしたら、「お客様!新しく導入したスキップサービスをお試し下さい。」と言われるままに応じることにした。二次元バーコードをかざすだけでチケットレスで01搭乗できるサービスらしいが、チケット(切符)がないと落ち着かない。

セキュリティーを通って出発ロビーへ入り、例のANAフェスタへと急ぐ、「飯田様、お取置きのエアポートランチでございます。」(写真1 )神戸空港出発ロビー限定(しかもJALには売っていない)の飛行機型のお弁当箱に入った空弁だ。そしてこれが最初のザプライズだ。

(写真2)座席は右舷23列目、主翼のかなり02 前だけど東向きに飛ぶので神戸の街は見えない。滑走路の半分ほどで離陸して大阪湾で右バンク、紀伊半島の友ケ島辺りまで淡路島に沿って南下してから東に機首を向けた。さあ一路東北へ。

 

「こちらは機長です。仙台までのフライト予定時間は1時間20分ですが、今日は強いジェット気流に乗りましたので、1時間を予定しております。」スワッ急いでお弁当を食べなきゃ時間がないようだ。さっきからCAのお姉さんがボクらの空弁に興味を示している、「初めて見た」そうだ。食後の珈琲を飲んだら着陸態勢にはいった。

今回の旅行はレンタカーがセットだ、仙台空港内のニッポンレンタカーへ急ぐ。神戸からの客でレンタカー利用は2組だけのようだ、諸手続きを済ませた。車はダイハツ ブーン、スモールクラスで乗り易い。カーナビにホテルの名前をセットして、さあ出発だ。

初めての東北路 国道4号線も大阪で培った厚かましい運転テクニックで「みちのく一人旅のトラック野郎」を蹴散らしながらダイハツの軽四輪に近い普通車は快調に走り22時ホテルに到着した。

仙台は東北でもっとも賑わいがあり、夜が楽しいと聞いていたが、なるほど神戸よりよほど都会のようだ。小腹が空いたので味噌おでんを買ってきてTVを観ながらくつろいだ。

我が家の旅は「夜討朝駆け」6時起床でシャワーを浴びて、出発準備でホテルの朝食バイキングへ、名物の笹かまぼこ、卵焼き、鮭、スクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、ご飯、味噌汁。和洋折中の取り合わせで声高に関西弁でしゃべってたら、隣席のご婦人に「関西ですか?漫才みたいで明るくていいわぁ」やって。楽しんだんならチップくれ。。


10月18日(木)03

今日の1発目は「青葉城祉」早速 カーナビに「青葉区天守台」をセットして出発。(写真3)ここは観光案内などでよく見掛ける、伊達政宗が甲冑を着て馬に跨った像のあるところだ。青葉通りを通って広瀬川を渡って到着したら、時間が早すぎて駐車場がまだ開いていなかった。

 

続いて、瑞鳳殿(ずいほうでん)伊達政宗の霊廟。他人の墓なんて行きたくなかったけど、「伊達男」と言われるほど粋な正宗のセンスが垣間見れると聞いて訪れた、広瀬川畔の小山の上にあって、中腹に駐車場がある。車を置いて登り始めたが体力不足で廟までは至れなかった。駐車場のおじさんも駐車料はいらないと言ってくれた。

本日のメインとしている塩釜・松島へ向かう。04 まずは「東北一宮塩竈(しおがま)神社」(写真4)ここでも顎を出してしまい、大鳥居まで行くのに精一杯、そのあとの団子屋へはスタスタ行けたので、身勝手なだけかも知れない。 

 

今度は、塩釜港のマリンゲートへ、ココから松島湾を通って松島港へ1日掛けて松尾芭蕉が舟遊びをして、島々の美しさ不思議さに感動のあまり、俳句が読めなかったと言う景観地だ。後に、俳句が読めない状況をイメージして作られたのが「松島やああ松島や 松島や」の句だ。05 (写真5)

 

ウチは車を置いていく訳にも行かず、松島へは渡らず湾内クルーズで塩釜に戻った。遊覧船の船長に教えてもらった魚の旨い店で昼食、アンコウ・カキ・マグロなど石鹸ほどに大きい刺身を食べる。冷凍していない生のマグロのトロは美味しい。大きな切り身なので口の中がトロでいっぱいになる。

 

今度はさっき手前まで行った松島港の奥にある瑞巌寺(ずいがんじ)へ陸路向かう。自販機で参拝券を買って参内する。門前は市をなし、お寺は緑に囲まれ静かで風情がある。

民謡の銭吹き節♪エンヤトット エンヤトット 松島の瑞巌寺ほどの 寺もない 前は海 後ろは山で 小松原♪♪そのままの情景だ。06

今日の予定はこの辺りまで、時間はまだ14時なので仙台に戻るには少し早い。レンタカー屋で貰った地図に「漫画家 石ノ森章太郎記念」とあり漫画好きの女房に尻を押されて、さらに北へ70km離れた石巻へ向かう。

16時ようやく登米市中田町石森字町の「同ふるさと記念館」へ到着した。迎えてくれたのはサイボーグ009島村ジョー(写真6)所狭しと展示してある「仮面ライダー」や「さぶと市」の原画やフィギア見て、近くの生家にも回ったら003(写真6-2)フランソワーズが立っていた。

 

6_2

仙台市内に帰るにはかなり遠くへ来た、東北自動車道を使ってひた走り、19時仙台に帰り着いた。「杜の都仙台」青葉通りや広瀬通りの主要幹線道路以外に車は案外少ない。特に大型貨物車などは見ないと思ったら、街を通過する大動脈の道路は青葉城址や東北大学の地下を 通っていた。

 

07

 

車を駐車場に入れて、駅前のエスパル(商業ビル)に夕食に出かけた。郷土料理店みやぎ乃で「ふるさと膳」(写真7)を注文した。仙台発祥と言う「牛タン」や「はらこ飯」(もどり鮭の身とイクラ、10月から)そして、地酒を2合でホテルに戻ってバタンキュー。

 


10月19日(金)

またまた6時にスタート、スーツケースを持って朝食会場へ 昨日も感じたが味付けが少し違う。卵焼きが甘い、お菓子のように甘い。麺類やイモ煮が醤油辛い、出汁が効いていない、繊細さがない、色が濃い醤油色。素材はいいのにちょっともったいない気がする。

 

カーナビに山形市山寺(立石寺)をセットする。今日は朝1番から高速道路を使う。東北自動車道~山形自動車道どこも初めて走るので嬉しい。車窓の様子に違いがある、中国道や山陽道や名神より周辺に家が少ない。

 

「静けさや 岩に染み入る 蝉の声」(芭蕉)と読んだのが、08_2 ここ山寺(立石寺)(写真8) 山門から根本中堂が見えているので頑張って登ってみた。皇族も多数参拝した名刹だ、本堂正面には巨大な「布袋像」が独特の笑顔で迎えてくれた。

 

帰路、山門前に建ち並ぶ土産物店は、客の呼び込みに余念がない。車を置かせて貰った店に立ち寄って土産を物色、玉蒟蒻や漬物などあまりかわり映えしないので、山形名物「芋煮」を注文したら、まだ煮えていなかった。のんびりした話である。

 

09山寺からサクランボ畑の中を山形市へ戻ってくると、道路の標識に「天童」の文字が目に付く、将棋の駒で有名な天童市だ、通り掛かりなので情報がない、とりあえず天童駅へ行くと駅中に天童市将棋資料館があった。(写真9)

 

将棋の駒の文字は、書いたもの、彫ったもの、彫ったところに盛ったもの、螺鈿のように埋めたものの4種類あるそうだ。古くはエジプト時代から今も世界中に現存する将棋様の駒がたくさん展示されていた。

これからが、今日のみどころ蔵王(ざおう)だ、蔵王は宮城県と山形県にまたがる休火山でスキー場や樹氷で有名な山だ。雪のない今のシーズンでもロープウェイやリフトが観光客を運んでいる。11月を過ぎると通行できない道路もあり、冬には過酷な山のようだ。

今回、その中の中央ロープウェイで空中散歩をした。標高が1000mを超えると、樹木は黄葉・紅葉してロープウェイ内でシートに座っていた乗客を総立ちにさせるほどの見事さだ。すごい。綺麗。ビューティフル。(写真10-1・2)

10_710_8

 

眼下の谷間には露天風呂が見えたり、天然記念物のニホンカモシカが草を食むのが見えて、素敵なロケーションだ。

南回りに蔵王エコーライン(登山道路)を山形から宮城に戻ると山は一変して濃いガスに包まれた。次の目的地の遠刈田(とおがった)までは綴れ折れの山道が続く。だが、10m先が見えない、カーナビを頼りに「次は右、その次大きく左」と情報を受けながら六甲山で培ったテクニックで左前輪を最側線に沿わせて真っ白な世界を突き進む、11後ろからは立ち往生していた車がボクのテールランプを追って数珠繋ぎについてくる。

ようやくガス地帯から抜けたのは、宮城蔵王こけし館 の駐車場だった。こけし館では東北のこけしを一堂に見ることが出来るので、違いがよく比較して見る事が出来た。(写真11)こけしも中程度の大きさで2000円程だったが、持ち帰っても昔あったようなタンスの上の人形ケースみたいなものがないので諦めた。有名なこけし職人が見事にこけしを削りだすデモンストレーションをしてくれる。写真に撮ったがガラスがハレーションを起こして失敗だった。

12na 最後の観光地の白石市に着いたのは15時頃、元祖白石うーめん「なかじま」(写真12-1)で、うーめん(温麺と書く)を食べるため駅の観光案内所に立ち寄ったら、無料駐車場の紹介やお店への行き方まで丁寧に教えてくれた。

「なかじま」12raの うーめん(短い素麺のような乾麺で油で練らないのでヘルシー)は(写真12-2)「胡桃」「胡麻」「醤油」の三種類のタレで食べる冷やし麺と、ニュー麺みたいに温かい出汁でたべる方法があるが、やはり手延べ麺が美味しい。帰り道の「うーめん製造工場」で以前「天皇皇后両陛下」にお出ししたと言う製品を購入した。

13 白石市から仙台空港のある名取市へ向かう。途中、宮城県の有名お土産店が並ぶモールに立ち寄って、不足のお土産を買う。全国の和菓子の大会で優勝した「萩の月」(写真13)は外せない。笹かまぼこは 毎朝バイキングでたくさん食べたから、蛸かまぼこを買った。蛸の入った笹かまぼこだ。明石辺りにありそうだが美味しかった。

 

17時レンタカーを無事返却、燃料も乗り放題だったので追加料金などは全くなかった。

【レンタカー利用明細】は以下の通りだった。

出発10/17 21:13 仙台空港 48352km

帰着10/19 17:16 仙台空港 48792km

          差引走行距離440km

 

18時 仙台空港ANAカウンターで帰りのチケットと座席を取ったら前から右舷3番目だった。全ての荷物を預けて手ぶらになり、空港レストランで夕食に「牛タンセット」と「ずんだ餅」を食べた。これで宮城県仙台を全て味わえたか!?

 

最後に空港の売店で「仙台四郎さん」の人形・手形・額(絵)・冷蔵庫マグネットなどの怪しいお土産を、出産を控えた友人に購入した。

 

実はこの時、関西から東海に掛けて日本を挟むように2つの低気圧があって、大阪と名古屋発の仙台便が欠航になっていた。途中の放送でその2便が折り返し便で欠航になったと告げていたが、神戸便とは関係ないので19時に予定通り搭乗口へと進んだ。

 

放送は、「明朝の便に振り替えてくれたら宿泊費と1万円を支払います。」と言っている。そのうち、「大阪便の方は神戸便に振り替えも致します。」とスピーカーから流れた。神戸便の出発予定時刻は20時00分だったが30分遅れて振り替え客を乗せて満席で飛び立った。神戸便に影響がなかったり座席が前から3番目を取れたのは「福の神仙台四郎さま」のお陰かもしれない。

 

22時 神戸空港に到着、帰りは風に向かって飛んだので1時間25分かかってしまった。神戸空港内も先に着いた航空機がはけておらず、仙台便の乗客はボーディング・ブリッジ(蛇腹の通路)が使えずバスで到着ロビーまで運ばれた。当然荷物がターンテーブルから出てくるのも遅れて15分以上掛かってしまった。

 

駐車料金は2泊3日で1600円(利用者は1日分が無料)、阪急電車360円とポートライナー480円(往復)×2人分が1680円だから殆ど金額的には変わらない。いやむしろ安い。20時以降はハーバーハイウェイも無料なので、六甲まで20分以内で帰れた。


今年の神戸空港を使った旅は、 春=鹿児島、夏=沖縄、秋=仙台で予定終了です。今年の年賀状のモチーフはこの3箇所です。来年はどうしようかな!? 服を買いにハワイに行きたいし、タイの田舎道をバイクで走りたいし、オーストラリアが安くなったし、また何処かへいった旅行記を書ければいいなと思っています。

 

2007.10.27 飯田敬二


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飯田旅行記【沖縄旅行レポート】「ハイサイ ちゅーがなびら」

《5月沖縄旅行と中学同期会》》

2007年05月31日の日記より


5/20

神戸空港より出発→国際通り→ホテル泊    

・神戸空港を離陸すると、ウチの会社のガントリークレーンが見えた。    

・淡路上空通過後は雲海しか見えない2時間のフライト。  beach

 

・那覇空港着陸ランディング中、後ろからJALが離陸した。      

・ついに沖縄に到着 皆さん「はいさい ちゅーがなびら」    

・レンタカー屋から適当に走ったら安里のホテルに着いた。   

・ホテルに車を預けて、牧志公設市場へ夕食に出かける。

・夕食は、グルクンのフライ、南国魚の刺身盛り合わせ、海ブドウ、ラフテー、沖縄焼きそば、オリオンビール    

・公設市場でお土産を買う。紅型(びんがた)アロハ、塩ちんすこう(空港の2割安)   

・ホテルで寝ていると「野口です」と 言って日本兵が尋ねてこられた。不思議と恐怖感など無かった「光の見えるほうへ行けば良いです」と言うとスーと行かれました。名前も聞いたけど忘れました。こんなの初体験です。

 


 

5/21      

 

big沖縄美ら海水族館→名護パイナップルパーク→かり ゆしビーチ(グラスボート)→琉球村→DFSガレリア→ホテル泊 

・08:00沖縄美ら海水族館到着、開園は08:30。   

・修学旅行生と一緒に一番に入園。一番が好きなので嬉しい。jinbei

・ヒトデを全部逆さにしたら、係りのお姉さんに怒られた。 

・ジンベイ鮫が何頭も回遊する 大水槽は圧巻だった。すげー。

・カートに乗って小さなパイナップル園を見学。

・途中から出口まで、お土産pineapple試食(飲)の連続、勿論両手にはパイナップルの酒、ジューズ、飴、チョコ、ケーキ(買い過ぎや)   

・ビーチではグラスボートに乗船、美ら海はエメラルド色。    

・100円で沖縄麩を買って、魚の餌付けをする。    

・白砂のビーチや海底は綺麗だったけど、珊瑚の屍骸らしい。    

・国道のドライブインで昼食。ステーキ定食840円(250g)地元トラッカーや職人で賑わっていた。   

・ここまでカーナビのお陰で道に迷ryuわず、琉球村に着く。    

・紅型(びんがた)の琉球衣装のお姉さんが綺麗。みんな仲間由紀恵だ。      

・古民家の展示を廻って、東屋でブルー何とかのアイスを食べていると笛の音と牛の匂い、順路の先で竹笛を売っていた。   

・竹笛を吹きながら進むと、水牛が砂糖キビを絞っていた。 竹笛を奏でるにはかなりの練習が必要のようだ。    

・ホールで琉球舞踊をやっていた、竹笛で指笛風に応援した。   

・デューティーフリー・ガレリア(日本最大のDFS)は迷路だ。   

・入口ですれ違った娘が「あの人オカマよ!」と言っていた。    

・レスポートサックで話し掛けてきた男性店員は小指が立ってた。    

・女房が気が合ってショルダーバックを買った。ボクもボストンを買った。母と義母にもお土産に買った。みんな派手な柄。家族全員のレスポが揃った。 

・国際通りに夕食と買物に出た。今年のデザインのアロハシャツやTシャツを買い込んだ。ショップの店員(近所の店の人も)親しくなった。開放的な土地柄だからか!?今日はオーナーが休みでいないからと買ったよりたくさんのお土産を貰った。   

・お陰で、今頃「うちなーぐち に なったさー」    

・そのみなさんが国際通りのご飯は高いので他を教えてくれた。    

・スパム焼き飯と焼きそばとチャンプルーで1200円(2人分)「くわっち~ さびら」(いただきます)   

 


 

5/22      

 

首里城公園(守礼の門)→那覇空港から神戸へ syureimon 

 

・ホテルで朝食バイキング、08:30首里城公園に到着。    

・今日も修学旅行生と一緒に1番で守礼の門へ到着。    

・毎朝行われる、首里城の開門儀礼を見てお土産店へ。   

・レンタカーを返却し、那覇空港へ到着。    

・出発ロビーでANAフェスタのお土産をゲット(無料)    

・沖縄の香りのローション買って、隣のお店でヤギ乳を買おうとしたら、化粧品店のおばちゃまたちが「ニイニイそれ臭いよ」と教えてくれた。    

・沖縄地方は梅雨だというのに快晴「いい~ うわちちやさー」(いい天気だね)。帰路の機内からは奄美諸島、薩摩半島、宮崎、高知、徳島を見て、姫路で右旋回し、高砂、加古川、明石、明石海峡大橋、垂水、須磨、和田岬が見えるやすぐに神戸空港に着陸した。     「あんせ~や。 ぐぶり~さびら。」(じゃあね さよなら)


【卒業35年の同窓会】

       5/26      中山手通りの「萬寿殿」で、鷹匠中学校の同期会が6年ぶりに開催された。学年代表幹事の「堀 克之くん」が僧侶としてオーストラリアへ仏教の布教に行くので、後任を選ぶために急遽の開催となった。     6年前の40歳代前半と違い、50歳を過ぎた男子も女子も、時の流れを滲(にじ)ませながら、子や孫の話などで盛り上がっていた。そろそろ、仏故者もあり次回からは間を空けずに3年に1度は開催しようと決めた。   

そして、新学年代表幹事に「上野善教くん」が選ばれた。大変だろうけど頑張ってください。


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飯田旅行記《《鹿児島・指宿・知覧の旅》》

2007年2月12日の日記より

(感動でハンカチが濡れっぱなしです)

   

神戸空港を発って、鹿児島観光に行ってきた。sakurajima

 

初日は鹿児島市内観光(西郷神社や城山から桜島の眺望 )

 

昼食は奄美地方の「鶏飯(けいはん)」という、鶏肉の乾燥すり身をご飯に乗せて出し汁をかける郷土料理を食す。

 

その日の泊まりは、砂蒸し風呂で有名な、指宿(いぶすき)温泉だ。


翌日、怪獣イッシーで知られる池田湖で大ウナギを見た。湖の周りは菜saigoshrine の花満開で綺麗だっsaigo01た。

   

更に観光バスは、薩摩半島の尾根を登り続けて、川辺郡知覧町にある知覧武家屋敷(薩摩示現流でも有名)に立ち寄り、今回の目的地の「知覧特攻平和会館」に到着した。    余談だが、友人の中には「ボクの前世の記憶の最後のシーンが特攻だった。」と言う話をしたことtokkoがあると思う。 今回、知覧を訪問することで「不要な記憶を呼び起こすかも知れない」と言う不安と期待を抱きながらの旅でした。    知覧町(ちらん)は、鹿児島県の薩摩半島側の高原の町です。当時連合軍(米軍)の沖縄上陸作戦に対抗するため、日本軍部は飛行機・潜行艇による特攻作戦を実行した。知覧から飛び発った特攻機は、南端にある「開聞岳(かいもんだけ)」と言う小型の富士山のような山を一周し、最後の日本に別れを告げれ沖縄を目指したそうだ。レーダーも航空図もない時代知覧と開聞岳のその先に戦地沖縄があった。     この特攻平和会館には太平洋戦争の末期に、沖縄決戦において特攻という人類史上類のないむごい作戦で、爆弾搭載の飛行機もろとも肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した多くの特攻隊員の遺品や関係資料を展示してあった。    ※残念ながら、この度はボクの記憶に触れるたり思い出すモノはありませんでした。


【若き特攻隊員の逸話です】写真をご覧下さい。tokkoold

   

朝日新聞の記者が知覧特攻基地を取材に訪れた時に、入口付近にいた隊員に話しかけた時の写真です。    記者「皆で何をしているんですか?」    隊員「犬が寂しそうにしていたので、皆で構っていました。」    記者「君たちは、いつ出撃するんですか?」    隊員「明日の未明です。」    記者は、明日は帰らぬ身の少年たちの、屈託のない達観した笑顔に、写真を撮るのが精一杯だったそうです。    犬を抱いた隊員と左の隊員が17歳、後は18歳だったそうです。(高校2・3年生位です)


2007年4月19日の日記より

   

【帰ってきてからの日記より】

 

今日、大阪毎日放送ラジオで浜村淳が宣伝していた映画は、奇しくも、今春鹿児島旅行で訪問した「知覧(ちらん)特攻平和会館」をモチーフにしたものだ。    ボクは映画の宣伝ではなく、「愛する母のため 兄妹のため 恋人のため 日本の全ての人のために、命を賭して日本の礎(いしずえ)を築いてくれた、若き特攻隊員のことを少しでも知って戴きたくて、今日の日記を書いた。」    皆様にビジュアルで分り易くこの実話をご理解戴くには、やはりDVDをご覧戴くのが最良だと思います。そこで、DVDの紹介をします。    タイトル:「俺は、君のためにこそ死ににいく」    キャスト:岸恵子 徳重聡 窪塚洋介 筒井道隆 多部未華子    スタッフ:監督 新城卓 製作総指揮・脚本石原慎太郎

amami


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⑥★2組 安達っあん学級の部屋

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② 2組の部屋ができました!

詳細内容については、クラス幹事があっと言わせるような特別企画を行っていますので、しばらくお待ちください
Under Construction

Adachi_

Ueno Yama

302815_1183339021 micky.sed@gmail.com

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